◇とちの実について
とちの木になる「とちの実」は、厚い果皮の中にはる種子のことで、その果皮の中には1個、大きいものだと2個・3個のとちの実が入っています。
夏の終わりから秋になると、黄緑色から茶色に熟した厚い果皮が三裂し、中の種子(とちの実)が顔を出します。
とちの実1個のサイズは、約3~4cmです。
木が高くなるとちは、直接 実をとることが難しいため、果皮ごと落ちてきたものの中から実を採取するのが一般的です。
とちの実は見た目が栗と非常によく似ており、栗のとがっている部分をなくし丸みをつけたような形、色を濃くし光沢がある、見た目にもかわいらしいコロコロとした愛嬌のある実です。
見た目は栗そっくりですが、味はまったく違い茹でてもすぐに食べることはできません。
とちの実みはサポニンやアロイン、タンニン(ポリフェノールの一種)を多く含み、そのまま食すと非常に強いアクがあり、あく抜き作業をしないと渋みや苦みで舌がビリビリとなり、口にすることができないのです。
トチノキ属が分布する世界の各地の中でも、あく抜きをして実を食す文化を持つのは日本だけです。
とちの実のあく抜き作業は、高度な技術と根気が必要で、あく抜きをしなければ食べることができない食材の中でも非常に手間がかかります。
主に街路樹として植えている他国では、薬用や漢方としてとちの実を活用しているようです。
また、とちの実の食文化は縄文時代から続いており、複式炉(灰の貯蔵施設をもつ炉)の遺跡からもとちの実が発見され、その時代から灰によるあく抜きがおこなわれていたといわれています。
何年もの長期保存もきき、貴重なデンプン源で、栄養価にも富んだとちの実は保存食としても大変重宝されてきました。
◇とちの木について
高さが20~30m、幹の太さも1mを超えるものも少なくない、日本にのみ自生する高木の落葉広葉樹です。
日本に自生する樹木の中では、大木になるものの一つです。
「とちの木」が属するトチノキ科トチノキ属には24種類の仲間があり、トチノキ属はアジアやヨーロッパ、インド、北アメリカなど北半球に広く分布し、主に街路樹などに使われ世界中で慣れ親しまれています。
有名な通りとして知られている、フランスの首都パリの「シャンゼリゼ通り」の街路樹は、日本のトチノキの近縁種である「セイヨウトチノキ(マロニエ)」の並木道になっています。
また日本でも、霞が関の桜田通りや岩手県庁前、栃木県庁前などトチノキ並木が街路樹として続いています。
トチノキは街路樹10樹種にも選ばれ、全国で街路樹として植栽されてきました。
1971年に発行された “ モチモチの木 ”。
多くの小学校の国語の教科書や本屋さんにも並ぶ、長年愛されていいる物語ですが、この本の題名にもなっている「モチモチの木」が、この「栃の木」のことなのです。
切り絵が繊細で鮮やかな色使いがとても印象的な絵本です。
◇とちの花について
とちの花は5月~6月初夏に、遠くからでもきれいな花を確認できるくらい大型な、白く赤身が買った花を咲かせます。
1つの花で約15~25cmほどの高さの円錐状で、枝先の葉の間から花を咲かせます。
木の花は、約1~2cmの小花が約100個集まり円錐状に形成しているもので、一つの花序には雄花と両性花が混在しています。
その大多数が雄花で、両性花は花穂の下部に位置しており、そこに退化した雌しべがあります。
一つの小花は、白色で基部が薄紅色の花弁が4枚、雌しべが7本長く突き出ており、雄花が多く集まっているため華やかさがあります。「贅沢・豪奢(非常に贅沢で派手なこと)」という花ことばを持っているほどです。
花には甘い香りがあり、良質な蜜を持ち多く分泌するので、ミツバチが好んで吸蜜に訪れます。
花の時期が終わると、雄花は地面に落ち雌しべを持つ両性花から、とちの実の元となる果実が現れます。
◇とちの葉について
最大50cmにもなるものもある非常に大きい葉で、対生した約5~7枚の葉を掌のように広げた形の掌状複葉が特徴です。葉は枝先に集まり、フチは波状でギザギザの切れ込みがあります。
葉脈ははっきりと確認でき、直線状にほぼ平行に並びます。透けるような黄緑色から濃い緑色がとてもきれいで、裏面は表面よりも薄い緑色です。
夏なは干ばつやうどんこ病等によって葉が枯れやすく落葉しやすいのが欠点ですが、比較的どんな環境にも強く育ちやすい木です。
秋になると、緑色から黄色に変化し冬には落葉して、粘液に覆われた冬芽で冬を越します。
◇とちの一年
◇とちの食用が盛んな鶴岡
山形県鶴岡市は、とちもちなどの “ とちの実 ” を使ったお菓子が盛んに作られ食されています。
昔は各家庭でお正月などのめでたい日にとちもちをついたりしました。
現在はそのような家庭も少なくなりましたが、“ とち ” は今日まで鶴岡市民にとってなじみ深い食べ物です。
このとちの実は、縄文時代から愛されてきた実だということが遺跡によって分かりました。
鶴岡市がある庄内地方の遊佐町吹浦「小山崎遺跡」でも、とちの実が発掘されました。この遺跡は、縄文時代早期(約6500年前)~後期(約2700年前)の約3800年間に渡り繰り広げられてきたものです。
小山崎遺跡は山形県と秋田県にまたがる鳥海山の麓にあり、日本海が近くにあります。
鳥海山から雪解けで流れてくる冷たい伏流水と、粘土層の土壌によって温度が一定に保たれているため、天然の冷蔵庫のような状態になっています。
このような特殊な条件がそろっていることにより、栃やくるみなどの木の実や、鹿・イノシシなどの食材、建築部材、漆器等の木製品など、通常の有機物は土中で腐って残らないものも良好な状態で残っていました。これはかの有名な青森県の「山内丸山遺跡」にも匹敵するといわれるくらいです。
発掘をすすめていくと、敷石列や敷石組みに人為的にはられた粘土層も確認されています。これは湧水を導く施設であり、この水流を使って様々な作業、その作業にはとちの実の「あく抜き」も行われていたのではと考えられています。
とちの実は、縄文時代に生きていた人々にとって貴重な食糧資源であり、この時代からとちの実を食すための技術を持っていたことが分かります。
◇とちの効能
とちの実は食べるだけではなく、昔から薬用(民間療法)や、胃腸に有効な成分が含まれているということで漢方などにも活用されてきました。
とちの実の焼酎漬け(通称:とち水)
瓶に入れた焼酎(度数35度)に、割れ目を入れた皮つきのとちの実を入れます。
長期間そのままの状態にしておくと、茶色い液体になります。(この液は寝かせれば寝かせるほど効果があるといわれています。)
液を患部に塗りこむと、打ち身・ねんざ・肩こり・筋肉痛・虫さされ・かゆみ・湿疹・あせも 等に効くといわれています。
※効果を保証するものではありません。
とちの実には洗浄効果もあります。
割ったとちの実を水につけるとたくさんの泡がでます。この泡はとちの実に含まれるサポニンの泡で、それを洗剤の代わりに使用すると綺麗になるようです。
サポニンとは天然の界面活性剤で、とちの実をそのまま食べると苦いのはこのサポニンを含んでいるためです。
◇とちの仲間
トチノキ属は世界に24種あり、アジア・ヨーロッパ・インド・北アメリカなどの北半球に広く分布しています。
日本の原産は1属1種「トチノキ」のみです。
セイヨウトチノキ(フランス語名:マロニエ) 原産:ヨーロッパ
日本のトチノキの近縁種で花など非常に似ています。
トチノキとの違いは、葉がやや小さく果実にトゲがあります。
実の説明にもあるように、街路樹に多く使用され、パリの「シャンゼリゼ通り」はこのセイヨウトチノキが並んでいます。
アカバナトチノキ 原産:北米南部
濃い紅色の花が咲き、他のトチノキの仲間と比べる樹高が3~10mほどと低いです。
ベニバナトチノキ 原産:交配種
セイヨウトチノキとアカバナトチノキの交配によりできた欧州産の園芸種です。
日本のトチノキよりも葉が小さく、樹高は9mほど、花の形はセイヨウトチノキそっくりですが、果実にトゲはありません。花の色はピンクです。
日本へは大正末年頃に渡来しました。
イギリスではセイヨウトチノキ(マロニエ)が咲くころの日曜日を「チェスナット・サンデー」と呼び、日本でおいうお花見のようにマロニエを見る習慣があります。ちなみにチェスナットを日本語に訳すと「栗」と言う意味があります。